掘削作業も、概ね過去の作業日報をなぞるように進んでいった。
設計書に書かれた深度と工程を、一つずつ現場で再現していく。そんな作業だった。
開坑直後、表層を掘り進めると、泥の中に黒っぽい層が混じり始めた。泥炭や石炭だ。この土地がかつて炭鉱で栄えていたことを、地下はまだ覚えているらしい。
石炭の時代は終わったが、今は別の形で地下と向き合っている。日本の石油・ガス自給率は数パーセントにすぎない。その数字に、ほんのわずかでも上乗せする井戸を、これから掘っていくのだと思うと、静かな高揚感があった。
約千メートルのサーフェスケーシングセット深度までは、大量に出てくる掘り屑の処理に手を焼いたものの、過去の井戸で問題になった逸泥は起きなかった。
簡易的なロギングで坑壁がほぼ真円であることを確認し、ケーシングを降ろす。坑壁との隙間に注入したセメントも、計算どおりの量で収まった。
次の、三千メートル付近までの区間は、かつては鬼門と呼ばれていた。
粒子の細かいシルトがドリルの歯に付着して掘進できなくなったり、重質油層からのキックを許したり、長時間の掘削で坑壁が崩れ、ドリルパイプが動かなくなったこともある。
だが、今では循環泥水を水ベースからオイルベースに切り替えることで、坑内の安定性は大きく改善していた。
問題は起きない。
過去に苦労した三千メートルのインターミディエイトケーシングの降下も、引っかかり一つなく目標深度まで下がり、セメントも予定量で固まった。
さらに深く、ターゲット直上の四千メートル付近までも、同じオイルベース泥水で掘削を続けた。
ここから先は地層流体の圧力が高くなる。泥水柱の圧力が地層に負けないよう、比重を調整しながら掘り進める。
目標深度に到達したあと、直径二十五センチのプロダクションケーシングを丸一日かけて降ろし、所定の位置にセットした。
ターゲット層は、礫岩の後に花崗岩が現れる、非常に硬い地層だ。
しかも、狙っているフラクチャーの正確な位置は分からない。出会いは、いつも突然だ。
フラクチャーが大きければ、泥水は底なしに吸い込まれる。
逆に小さければ、泥水を飲み込むほどではない代わりに、ガスが坑内に侵入する。循環に乗って地表に届くまでにガスは膨張し、リグ全体を危険にさらす。
この区間に入ると、掘進速度は一気に落ちた。
十二時間ほど掘ると、ドリルビットは地層に負けて回らなくなる。新品のときは硬質の爪が突き出ていたビットも、引き上げてみると表面はすっかり滑らかになっている。
ビット交換のためにドリルパイプを引き抜き、また降ろす。それだけで、さらに十二時間が過ぎていく。
昼番のクルーは掘進だけを担当し、比較的落ち着いている。作業の合間に、過去の掘削の話を聞く余裕もある。
一方、夜番のクルーには、重労働の上げ下げ作業が割り当てられる。彼らの不満は、夜明けまで途切れない。
地表に上がってきた掘り屑が、礫岩から花崗岩へと変わったのを確認した直後だった。
循環が乱れ、逸泥が始まった。
それまで、機械整備や待機に回っていたクルーたちが、一斉に持ち場へ戻る。リグの空気が、急に引き締まった。
泥水に逸泥防止剤を投入し、できるだけ早く循環を回復させる。泥水を飲ませ続ければ、掘り屑が地表に戻らないだけでなく、生産時のガスの流れにも悪影響が出る。
フラクチャーに瘡蓋を貼るような作業だ。
熟練したクルーの手際で、循環はほどなく回復した。
そのまま、予定していた深度まで掘削を進める。
大きなトラブルは、何も起きなかった。